2012年05月04日

GR006 バナナとロケット

★生と繁茂 against  ☆死のロケット文明

 1944年12月。ドイツ軍はV2ロケットをロンドン市街に降らせている。『重力の虹』に登場する最初の視点人物は海賊(パイレート)≠フ渾名で呼ばれるプレンティス大尉。〈ザ・ファーム〉と呼ばれる──より漠然と〈彼ら〉と呼ばれるものの一部か──諜報&作戦事業本部の指令で動いている。彼が住むのはテムズ河畔、チェルシー・エンバンクメントの由緒ある(ロセッティ兄妹の大麻好きの友人が住んだ)メゾネット。その屋上で、彼はパナナを育てている。長い1文の後半を、現物つきでお見せしよう。

屋上の草はおおむね枯れて腐り、その奇なるアルカロイド分子と共に土に還った。その土の上に、後を継いだ住人が飼育した折紙付きのウェセックス・サドルバックの三頭の雌豚の垂れる糞便と、そのまた後を継いだ住人たちが飾りに植えた木々の枯葉と、あまたの美食家が食べ残し吐き戻した名状しがたき食物が入り混じり、これを歳月の手がパテのようにこねまわして、厚さ数フィートに及ぶ、信られないほど黒々とした極上の屋上庭園壌土ができあがった。この土なら、バナーナだって育つことは請け合い──

but most returning, as fragments of peculiar alkaloids, to rooftop earth, along with manure from a trio of prize Wessex Saddleback sows quartered there by Throsp's successor, and dead leaves off many decorative trees transplanted to the roof by later tenants, and the odd unstomachable meal thrown or vomited there by this or that sensitive epicurean−all got scumbled together, eventually, by the knives of the seasons, to an impasto, feet thick, of unbelievable black topsoil in which anything could grow, not the least being bananas. 

豚の糞や酔っぱらいのゲロが、生を育む黒々とした土を生むというイメージが印象的だ。この肥沃土でプレンティスはバナナを育てている。

かくしてパイレートは、自ら催す〈バナーナ朝食会〉で名を馳せる。会食者はイングランド中からやってきた。なかにバナナ・アレルギーやバナナへの敵意をあからさまにする者までいたのは、土が環をつなぎ鎖を伸ばして神のみぞ知る網目構造を組織していく、バクテリアのポリティックスなるものを観察するため。彼らの目にしたバパナの実は、しばしば身の丈一フィート半にまで及んでいた。驚愕の事実である。

下線部、の原文は
the soil's stringing of rings and chains in nets only God can tell the meshes of

★人間による死の化学営為と対比される、黒々とした土とバクテリアによるアンダーグラウンドな組織づくり。「環と鎖の複雑な網目組織」について、人類が知るようなった始めが、ケクレによるベンゼン環の発明だった。それ以降、人類のケミカルなエリートたちは地球に対して何をしてきたか。
『重力の虹』という小説は、ドイツのIGファルベン社が──もちろんアメリカのデュポン、イギリスのICIとも結託しながら──染料-爆薬-繊維-プラスチック-向心性ドラッグのコンツェルンを形成しつつ、〈戦争〉の領土を拡げていくさまを描く。もう少しだけ紹介しておこう。プレンティスは──

 螺旋階段を屋上ガーデンまで上り、ひょいと立ち止まってテムズ河の景色を見つめる。太陽はまだ地平線の下だ。今日も降雨の気配はあるが、街の空気は今のところ珍しく澄んでいて、巨大な発電所も、その向こうのガス工場も鮮明だ。煙突も通気口も塔も配管も、まるで朝のビーカーについた結晶の粒のようにくっきり見える。蒸気と煙が捻れながら噴き上がっている。
 「ハアーッ」。声なき咆哮。口から漏れた蒸気が欄干を抜けていく。「ハアアアーッ!」朝の屋上が踊る。巨大なバナーナの房々は輝く黄色と潤う緑だ。階下の連中はバナーナの朝食の夢を見ながら涎を垂らしているだろう。今日もまた麗らかな一日が、何事もなく──
 いや、それはどうか。遠く東、ピンクの空の下の縁、眩しいほどに煌めくあれは新星か、そのくらい明るい光だ。欄干にもたれて見つめる。きらめく先端はすでに短い垂直の白線になった。北海を越えたどこか・・・そのくらいの距離はある・・・その下は凍えた光を塗りたくった氷原か・・・

 重工業時代のロンドンの夜明けの光景、その冬のキラメキが、美しくというよりは忌まわしく描かれている。東に上がった☆のキラメキは何だ。下に「垂直の白線」を引いている……
posted by GR at 08:15| テクスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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