2012年05月07日

018 スロースロップの机の上、その美しい散らかりについて



一九四二年以来、この机は一度も木肌を見せたことがない。基底部をなす官僚的屑垢の組成は──積み上がった層を何年もかけてふるい落ちていった数百万個の消しゴムのカス、鉛筆の削りカス、乾いた出がらしの茶とコーヒー滓、砂糖とハウスホールド印のミルクの跡、大量の煙草の灰、タイプリボンから飛びちった細かな黒粉、成分が分解しつつある図書館用糊、粉砕したアスピリン。その上に、四散したクリップ、ジッポの発火石、輪ゴム、ホッチキスの芯、煙草の吸いさし、つぶれた箱、落ちたマッチ、ピン類、ペン軸などが積み上がる。色鉛筆の使い残りは(レア物の薄紫や黄褐色を含んで)全色におよび、木製のコーヒースプーンと、スロースロップの母ナラインが遠くマサチューセッツ州から送ってきたセイヤー社の〈スリッパリー・エルム〉喉飴と、テープ片、紐きれ、チョークがこれに加わって・・・そのまた上の層には忘れられたメモと、使い切った淡黄色の配給手帳、伝椀号の控えと忘れられた手紙と、ぼろぼろになったカーボン紙が載っている。「米兵ジョニーがアイルランドで見つけた薔薇」を含む十二曲のウクレレのコードのメモも見える(「あいつなかなか気の利いた編曲をやるんだ」といつかタンティヴィが言っていた。「アメリカ版のジョージ・フォーンビーってとこだ、想像できるかな」と言われたが、ブロートは想像しないことにした)。その上にクレムルのヘアトニックの空瓶、迷子のジグソーパズルのピースたちの帰属先は、ワイマラナー犬の琥珀色の左目、緑のビロード・ガウンの襞、遠景の雲に描きこまれたスレートブルーの筋、爆撃ゆえか日没なのかオレンジ色に光る雲、空飛ぶ要塞≠フ機体についた鋲、ピンナップガールのピンクの内股・・・それから合衆国陸軍諜報部刊行の『週刊諜報摘要』が二、三冊、螺旋状に弾けて切れたウクレレ弦、糊のついた色とりどりの星の入った箱、懐中電灯の部品、(ときどきスロースロップが鏡代わりに自分のぼやけた顔を映す)ナジット靴墨の缶の蓋。それらすべての上に、廊下を進んだ先のACHTUNG図書館から借り出された参考書類──『ドイツ語技術工学事典』、外務省刊行の『スペシャル・ハンドブック』、『タウン・プラン』──が積み重なり、加えて、だれかが盗んだり捨てたりしない限りはいつも熱心に購読している『世界のニュース』も載っている。


 

 文学史に残るカタログ手法の傑作パラグラフ──少なくとも、このワンショットを組み立てるのに、相当時間&想像力を使ってますよね。


 雑然(反ピューリタン感覚)をポジティブなものとして捉える美学と倫理も見えてきます。


 ウクレレを弾くスロースロップは「アメリカ版ジョージ・フォーンビー」と言われていますが、この名前は Inherent Vice にも出てきました。(ハーマンズ・ハーミッツが、この人のコピーをやったことをドックが覚えていた)。


 ビートルズの「フリー・アズ・ア・バード」のビデオの最後に、後ろ向きで出てくるウクレレ弾きのおじさんがいますが、彼が George Formby です。あのウクレレの演奏自体はジョージ・ハリスンで、実は彼、ビデオの最後に、自分自身を後ろ向きで出してくれと頼んだらしいのですが、ビデオ・アーティストのジョー・ピトカに、現在形のビートルが出ては作品のコンセプトが崩れると断られたみたいですね。本当はそのあとまもなく、ハリスン自身、過去の影になってしまうので、今からでも取り替えてあげられるといいんだけど。

 
posted by GR at 01:11| テクスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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